仕入れの話
急に寒くなってきた今日この頃、築地市場でもすっかり冬の野菜や魚介類がメインになってきました。気の早い物になると、慈姑や菜の花、筍などお節料理に使う食材まで八百屋の軒先に並べられています。
朝6時前に起きて築地市場に食材の買い付けに行き、急いで帰ってきて8時半には蕎麦打ち場に入る。こんなせわしない朝を、実家に戻ってきて以来かれこれ9年ほど続けてきました。市場の魚屋さんからは、蕎麦打ちは別の専門の蕎麦職人さんがやっていると勘違いされることも多く、お店ではお客様から「このお店には目利きの良い板前さんがいるんですね」とお褒めの言葉を頂くこともあるのですが、実は朝の仕入れも蕎麦打ちも私の大事な仕事です。よくご存じな常連のお客様からは「朝早くから御苦労さま」とねぎらいのお言葉をかけて頂くこともあって、本当にうれしい限りです。
今の時代、直接市場に行かなくてもFAX等で食材を調達することは容易にできますが、私としては、自分の目と手と舌で確かめた食材でしか料理をしたくない。“ご馳走”という言葉の意味も、もてなす者が出来る限り走り回って良い食材を探し出し、心を込めてお料理することにあるのですから。
正直、早朝の寒さの厳しくなるこれからの季節、なかなか布団から出れない日もあるのですが、その日お見えになるお客様のことを頭に思い浮かべて、献立を考えながら旬の食材を選んでいく買物は本当に楽しいものです。また、数日先の天候状況から北海道から九州までの海の様子までも考慮に入れねばならず、何軒かのお店を梯子しながら適切な値段で買い付けしていくあたりには、ちょっとした博打的要素も加わって、朝からとてもスリリングです。
信頼関係が築かれている魚の仲買さんからは、海がシケで品薄な時でも、毎日顔を出すあさださんだからと他の店を差し置いて優先的に確保してもらえますし、納得のいく魚が競り落とせなかった日には、「あさださんに売れる魚はない」と逆に断られることもよくあります。こんな人間味のあるやり取りにこそ、うちの仕入れは支えられているんだなあと実感します。
魚屋さんの店先で、同じように仕入れに来ている天ぷら屋さんやお寿司屋さんのご主人方と忙しい合間を縫ってお話しするのも、これまたとても楽しい。
どうやら私にとって、朝の仕入れと蕎麦打ちは、楽しすぎて他の人に任せるにはもったいない、出来ることなら独り占めしてしまいたい仕事のようです。